「晴天の霹靂」のその後(おいたちより)

おいたち

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会社倒産後、
失業手当というものがあると知り、職業安定所に出向く。
しかしそこで「あなたは雇用保険に入っていなかったので給付の対象外です」と伝えられる。
高校を卒業してすぐに就職したが、私は「雇用保険」というものがあることを知らなかった。

経営者は従業員を雇用保険に加入させる義務がある。
しかし、私は雇用保険や社会保険や厚生年金に加入するということさえ知らずに働いていた。(怪我や病気を全くせず、病院に行くことがなかったので気付くこともなかった。)

本来なら加入していなければならない制度でも、ちゃんとなされていない会社もあるんだ、とその時知った。そして、
情報を知ることがいかに大事か、を痛感した。
以降、私は様々な制度についてよく調べるようになった。

各種制度について聞きかじりでもいいので知っておくと、いざという時に助かることがある。助成金や給付金を利用、活用できることもある。
調べていると、世に広く周知されていない制度、助成金や給付金は結構ある。
情報を知っているのと知らないのとでは大違い、ということもよくある。
今の時代、インターネットですぐに詳しく知ることが出来るので便利だ。
…そんなわけで、私は「調べ魔」である。

働いていく上でいざというときに役立つ知識
厚生労働省作成、労働法を身に付けてもらうためのテキスト(PDF全53ページ)

さて、その後だが、…

倒産した会社の上司(部長)が「この子を雇ってもらえないか?」と、取引先に頼んでくれたおかげで、次の就職先はほどなくして決まった。
印刷関係(製版業)の会社だった。
せっかく部長が頼んでくれた職場であったが、業務上扱う薬品(現像液)が体に合わず、アレルギー症状を起こすため長く勤めることは出来なかった。

今も堅調なその会社は当時から働きやすい良い企業であった。
忙しくて残業つづきの毎日だったが、毎月の給料には残業代がたっぷりと支給され、夜食のパンもいつも支給してくれた。
その会社の社長は宴会が大好きで、宴会で活躍した社員には金一封が出た。
私は何度かこの恩恵に預かった。

製版という仕事は机に一日中向き合っている仕事だった。
そのせいか、製版会社を辞めた後は、人と関わり合いがある仕事をしたいと思いつつ、職安で求人を探していた。

ある日、珈琲専門店の店員という求人を見つけた。
引き寄せられるようにその珈琲店に面接に行った。即採用になった。
自家焙煎、珈琲をこよなく愛するマスター。珈琲を愛しすぎて勤め先の大手企業を退職し、脱サラして始めたというお店だった。

時はバブルの時代、この頃は街も人も活気にあふれ、大いに働き、大いに余暇も楽んだ。そんな時代だった。(つづきはまた)

珈琲をこよなく愛するマスターのお店のイメージ画像
(Photo by photoAC)