自治会の思い出 後編

自治会を存続するか、廃止するか、
最終的には、投票を行って多数決で決めることになった。

投票の結果、自治会はなくなった。

自治会がなくなって以降、団地周りは雑草が生い茂り、当番で掃除していた共有スペースも、ゴミやホコリまみれになることが多くなった。
お隣やお向かいにどなたが住まわれているのか分からなかったり、階段ですれ違いざまに挨拶を交わすこともなかったりする。
予測はしていたが、なんだかさみしいことである。
みんなで団地の草抜きしていた頃が今は懐かしい。

自治会がなくなる前の年、運動会
町民運動会に参加した。
これが最後の運動会になった。

町民運動会は最低でも人員が8人必要だった。
(各競技の出場選手数が8人なので)

団地の世帯数は約100世帯あったが、その中から「運動会に出ます」と名乗りをあげたのは私を加えてたった6名だった。
かく言う私も、お年を召された自治会長ご夫妻から「あと一人足りないんです。私達も夫婦で出ますから、どうかお願いします!」と頼まれて、の参加だった。

運動会の競技は徒競走でスタートし、そのあと20競技ほどあった。
他自治会の出場人数は、少なくて40,50人、多いところだと100人以上いる中で、うちはたった8名。
各自治会にテントが用意されていたが、ぎゅうぎゅう詰めのよそと違って、広々としてまるで天国である。

しかし、そのテントの下でくつろいでいる暇などない。
プログラム1番から最終まで、全競技に全員出場しなければならないからだ。
入場門に並んで次の出番を待っている暇などもちろんない。

徒競走、障害物競争、二人三脚、ムカデ競争、綱引き、玉入れ、…、立続けで次々こなしていった。

行商人
終始こどもたちが応援してくれた。
(こどもの数も当然少ない。総勢5名。)

各競技に出場すると参加賞をいただけた。
運動会の帰り道は「まるで行商人」であった。

それにしても、
全競技に出場というのはさすがにきつかった。
その後お引越しされてしまったが、高齢で全競技に奮闘された自治会長ご夫妻は今でも「凄い!」と思う。

団地に引っ越してきて以来、
色々なことをみんなで一緒にやった。どれも懐かしい、楽しい思い出である。

近年、私が住む地域で、自治会を自分たちが楽めるものにしよう!と取り組んでいる自治会が見られる。

自ら積極的に関わっていくことで、変えていくことが可能、ということのお手本でもあり、何事においてもその意識は大切だと思えるのであった。(おわり)