長き 入院生活

おいたち, 結婚・離婚

長き 入院生活

長き 入院生活 の思い出

前回の話はこちら
結婚してすぐに妊娠した。(下品な表現だが一発命中であった。)
産科医から最初に聞いたのは「おめでとうございます」ではなく、「残念ですが…」という言葉だった。
「赤ちゃん(正確にはまだ人間の形でなく卵の状態)は、子宮の壁にかろうじてひっかかっている状態であり、おそらく流産する」ということであった。

そういうことであったのだが、なんとも運よく流産はまぬがれた。(なんだかんだいって、私は男運は最悪だがその他の運は相当良いと周囲からよく言われる。自分でもそう思う。しかし宝くじはなぜか当たらない。でも、私よりもお腹の中の子どもの方が強運を持っていたのかもしれない。)

初期の流産はなんとか免れたが、常にいつ流産してもおかしくない状態で、流産したら母体即死の危険性がある、ということで、妊娠早期から入院しなければならなくなった。
高度な医療を対象とした周産期母子医療センターでの入院だった。

点滴輸液ポンプの画像出産までの間、ウテメリンという子宮の収縮を抑える薬を持続点滴(たえまなく点滴を続ける)、歩行は禁止、トイレ以外は常にベット上で過ごす生活。
自由に身動きが出来ない入院生活は辛い。
次第にストレスを感じるようになってきた。
そしてそれは想像を超えたストレスであった。

過去に私と同じような妊婦が、自ら点滴をひきちぎってパジャマ姿のまま素足で逃走したことがある、と聞いた。(実は私も同じ衝動に駆られそうになったが、思いとどまって実行には至らずだった。)

しかし人間というのは良くしたもので、人はいかなる環境におかれたとしても、徐々に今の環境に適応しようとするようである。
そのうちに私はベットの上でどうやって一日を過ごすのか工夫し始め、その生活を楽しめるようになってきた。

気がつくと私はその病棟で歴代で一番長く入院する記録を持ち、「大部屋の主(ヌシ)」と呼ばれるようになっていた。
あとからあとから新しい人が入院してきたが、みんな先に退院していった。
ずっと見ていて思ったのだが、私もそうだったのだが、長期入院によるストレスはどうやら入院から2週間~3週間目が一番ピークのようだ。
しかしピークを過ぎるとみんな徐々に落ち着いてきた。
これは人間が持って生まれた能力、によるものなのかもしれない。
いやはや、人間というのは本当によくしたものだと思った。

病室の窓から見える朝日と夕日が、入院当初に比べるとずいぶん南に移動した。
夏至に最も北側に寄り、冬至に最も南側に寄ると子供の頃に理科で習ったけど、こんなにも違うんだ…。普段の生活だと気付きもしなかっただろう。

夫は毎日病室に見舞いに来ていた。
毎日欠かさず来るので「仲が良いご夫婦ね」と周囲からは羨ましがられていた。

おおよそ半年間、季節をまたいでの長き入院生活であった。(つづきはまた)

夕日の画像
(Photos by photoAC)