衝撃の事実

様々なことが分かっていく中、私は父が入院していた病院に連絡する。
父の血液など検体が残っていないかの問い合わせだった。
医師からすすめられた解剖はしなかったが、血液その他の検体が残っていれば「まだ調べられる」と思ったからだった。

残念ながら「検体は残っていない」ということだった。
入院時のことや、入院中のことを知りたい、と伝えると本人確認の上で、こちらから折り返します、ということで病院から電話がある。
そして、この電話でまたしても驚愕する。衝撃の事実を知る。

父が入院した日は義母から聞いた日よりも、もっと前だった。
それだけではなかった。

父は最初に家の近所の診療所を受診したが、診療所では手がつけられない状態で受診したという。
そのため、急遽、診療所から救急車で病院に搬送されたという。
そして、病院側はその時点で「ご家族に連絡するように」と義母に伝えたというのである。

義母は施設で看護師として働いていた准看護師である。
病状や容態の変化が、誰よりも分かるはずの人間である。
が、救急車で運ばれなければならない状態になってから、近所の診療所を受診したという。

「お父さんは娘さんたちにずっと会いたがっていました」ということであった。
病院側は何度も義母に「早く娘さんに来てもらって」とお願いしたそうである。
だが義母は「娘たちにはすでに連絡済み」と病院側に説明し続けていたそうだ。
病院に着いた時にスタッフらから「どうして会いに来てあげなかったの?!」と叱責を受けた理由がようやく分かった。

「病院には来るな、と父が言っている」という義母の話は嘘だった。。。
義母が「お父さんは元気だ」と言っていた時には、父はもう危篤状態であったそうだ。
それから3日間、父は私たちのことを待ってがんばったのだそうだ。

これを聞いて私は涙が止まらなかった。

病床で父は何を思っていただろう。
父はどうにかしてでも私に何かを残そうとしたはずだ!!
遺書など何か残そうとしたはずだ。

義母から父のメガネは「病院で失くした」と聞いていた。
婦長さんに「メガネは?父のメガネがなくなっているのですが、ご存知ないですか?」と聞いた。
「メガネはかけてなかったですよ。でもいちおう探してみますね。」ということだった。

父はメガネがないと何も見えない、字を書くことも出来ない。
メガネはあえて取り上げられてしまったのだろう…。

義母は「入院した日に父と家を見に行き、気に入ったので契約を進めてくれ、とお父さん(父)が言った。私はその家を購入する」と私に説明した。
しかし、父はこの時すでに病院に入院し、あぶない状態であった。
義母のこの話は嘘だということが分かった。

それからしばらくの間は、わたしたちをずっと待っていた、ということを思い出しては涙した。
今でも涙することがある。

だが、泣いてばかりでは居られなかった。
相続放棄の件もある。
ちゃんと調べなければ…、と思った。(つづく)