番外編 子どもに起こった出来事3「再生のとき」

おいたち

前回の話はこちら

根気よくカウンセリングを続けた。
子どものカウンセリングだけでなく、私もカウンセリングを受けた。
母親の私の不安をできるだけ減少、解消していくのが目的であった。
接する母親が不安を抱えていると子供はそれを敏感に感じ取り、子供にも伝わっていくからだ。

カウンセリングに通うようになってからの3年間で、私は子どもの成長を周りの子供たちと比べることはしなくなった。
たとえ遅れていても自分の子どもなりに成長してくれたらそれでいい、と思うようになった。
そう思えるようになると気持ちは少し楽になっていた。

そしてカウンセリングを始めてから4年近く経た。

今にも割れそうな卵の殻の画 その頃から、少しずつ子どもが自分の殻を破り始めてきた。
差し出されたものからすぐに目をそらさず、ほんの一瞬だが陰からうかがうように見、そして目をそらす、
差し出されるものに関心を示しはじめたのだ。

最初は一進一退どころか、一進三退みたいなこともあったが、子どもは少しずつ自分の殻を破って、ついに殻の中から出てきた!

自分の目で見ようとし始めた、

自分の手で触れようとし、自分から手をのばし始めた、

触れて泣くのではなく、笑顔が見られるようになってきた。

やがて遠くにあるものに触れようとしてハイハイし始めた。
つかまり立ちができるようになった。
独りで立ち、そして歩行できるようになった。

見る、触れる、といった五感から、見たい、触れたい、と発展していく動作。
まさに進化の過程を見るような感じだった。

全く止まっていた身長や体重が少しづつ増え始めた。
遅れていた成長が少しづつ取り戻されていった。

子どもは18歳になった。
心が閉ざされた4年間の後遺症は全くない、と言いたいところだが、言葉の理解や物事の順序立てがちょっと苦手だ。学童期は不登校児であり随分苦労した。
でも、一時は成長がまったく止まってしまった所から、ここまで来れたのだからこれ以上のことはない。

今後子どもは社会に出て、自分の壁に自ら立ち向かい乗り越えていかなければならない時もやってくることだろう。
でもそれは自分の子どもに限ったことではなく、誰もがみんなそうやって生きているのもしれない。
多かれ少なかれ、人は常に自分の壁に立ち向かい、自ら壁を乗り越えながら生きているのかもしれない。

後天的な心の病というのは大人でも子供でも、誰にでも起こりうるものだと私は思う。しかし、
たとえ心が病におかされたとしても、心はずっと同じところにあるのではなく、前に行ったり後ろにいったり、ところを変えながら変化していくものであるように思える。

人間はあらゆる可能性を秘めている。
五感はその可能性へのひとつの鍵だ。
「子どもに起こった出来事」はそう思える出来事だった。
そして色々なことを教えられた出来事であった。(番外編おわり)

娘のお絵かき画とはまつきの自転車に乗る娘の写真

あとがき
この編は笑いなし&少々重い┗(;´Д`)┛内容であったのですが、ご覧くださりありがとうございます。

各市町村の保健センターには、こどもの成長に対する不安、心の不安、依存症…他”こころの健康”について相談する窓口があります。
ひとりで抱え込まず相談に行ってよかった、と今でも思います。
参考まで。



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