パソコン今昔

2018-01-28

urashima-tarou
先日の記事「さすらいの仕事人」で私がプログラマの仕事から離れ、数年の後に復帰しようとした際、すっかり浦島太郎になっていたと綴ったが、その時IT業界では一体何が起こっていたのか?

私と同世代の方(私の年齢は半世紀)はパソコン環境が今と昔では大きく変わっていったことをよくご存知かと思う。
お若い方はご存知ないかもしれない。

今日は昔を懐かしみながら、パソコンの今昔について綴っていこうと思う。
(いつもより記事が少し長くなるがご容赦願いたい。)

1980年代、その頃はインターネットという環境がまだなかった。
当時のパソコンは電源を入れると真っ黒な画面に文字が並び、キーボードから文字を入力して操作するCUI(キャラクタユーザインタフェース)のパソコンであった。
CUI-96

そんな中、Apple社が一般ユーザー向けにグラフィカルな画面上で アイコンやメニューボタンで操作するGUI(グラフィカルユーザインタフェース)搭載のパソコン、Macintosh(Mac)を発売する。
Macは使い易さからとたんに売れる。
日本市場でも電気屋さんの店頭にはMac機がズラ~っと並んだ。(このあたりの時期に私はプログラミングの仕事から離れた。)

Apple社は他社を抜きん出ていた。が、「ソフトや周辺機器は全てAppleのパソコンでのみ動きます。他社パソコンでは動きません。だからうちのパソコンを買ってね」という路線をず~っと貫いていた。

これに対し、IBM社は自社のパソコンの内部仕様を公開し、「うちのパソコンの中身をお見せするので、好きなように開発してうちのパソコン用の対応ソフトや周辺機器をいっぱい売ってちょーだい」という路線をとった。(オープンアーキテクチャという。)
これによりIBMパソコン対応のソフトや周辺機器が多様に開発され、広く普及した。そして今度はIBMのパソコンが売れ始めた。

次はIBMの時代か?と思いきや、そう長くは続かなかった。
IBM社は内部仕様を公開していたため、「周辺機器やソフトを開発するよりも、パソコン本体を作って売った方がお得じゃん」と考えたメーカーがIBMのパソコンをまねたパソコン(クローン)を誕生させたのだ。
IBMのパソコンをまねたパソコン(IBM PC/AT互換機)は複数のメーカーでソフトや周辺機器が利用できて安価であったので、こちらの方が売れるようになる。このIBM PC/AT互換機が現在のパソコンの前進である。

日本国内でもIBM PC/AT互換機が発売され、日本語が利用可能なNECのPC-98シリーズが一時は市場を独占した。
電気屋さんの店頭には98シリーズのパソコンがズラ~っと並んだ。
高価すぎて買えなかった私は、指をくわえながら店頭で眺めるのみであった。

その後IBM社が日本語が使えるOS(DOS/V)を発表し、国内販売のPC/AT互換機にはDOS/Vが搭載されるようになった。(DOS/V機)
NEC独占市場は終わり、様々なメーカーのパソコンが店頭に並ぶようになった。

1990年代の初めにDOS/V機は、MicrosoftのWindows3.x日本語版と、Macに劣らないほどのGUIをサポートするようになる。このあたりからパソコンは一般家庭にも広く普及するようになっていった。
(後にApple社はGUIの著作権でMicrosoft社を訴えるが敗訴する。)

ここまでの期間は本当に激動の時代であった。
そしてそれを最終的に制したのはOSであるWindowsであった。

mark-Windows1995年にはWindows3.xの改良版であるWindows 95が発売され、世界的にヒットした。
世界中にパソコンが普及した。
これによりWindowsベースでのプログラミングが多用化し、COBOL言語使いであった私はすっかり浦島太郎になってしまった。

Windowsはその後、Windows98、Windows2000、Me、Vista、Windows7、Windows8、Windows10と展開。
パソコンの普及・発展と同時に情報通信網も発展し、インターネット環境がどんどん拡充されていった。

昔と違って、今やパソコンを使えばいつでもどこでもリアルタイムに情報のやりとりができる。
働き方や生活の在り方、コミュニケーションのとりかた、あらゆることが大きく変わった。

こうしてブログを書いているのもなんだか感慨深いものがあるのであった。

ちなみに、個人的にはWindowsは嫌いである。
だが「仕方なくWindowsを使っている人」、なのであった。(Linuxが好き)

2018-01-28otherCUI, DOS/V, GUI, PC/AT互換機, Windows, パソコン, ブログ

Posted by Sun