タクシードライバー

おいたち, 仕事

ひとりで子育てしながら生計を立てるために最初は生命保険の外交員として働いたが、将来に渡り外交員を続けていく自信がなく、次の仕事を探していた。
次に選んだ仕事はタクシードライバーだった。
その仕事を選んだのはほんの小さなキッカケから、であった。

急なドシャ降りの雨が止んだあと、横断歩道がある交差点で信号待ちしていた。
さきほどの雨で路肩にはところどころに水たまりができている。
そのとき、対面(横断歩道の向こう側)に一台のタクシーが停車した。

後部ドアが開いたものの、乗客がなかなか降りてくる気配がない。
後部座席に目をやる。乗客は初老のご婦人。
杖が見える、足がお悪いらしい。
水たまりをまたぎながら降車するのが難しく、ためらっておられる。

車道を挟んだ信号待ちなので、その場に行って助けてあげることができない。
ドライバーが少し車を前に移動させて水たまりを避けるか、降りて乗客の手を引いてあげれば降りられるのになぁ、私ならそうするのになぁ…。
そんな風に思いながらその光景を見ていた。

この時だった。
「そうだ、タクシードライバーになろう!私がタクシードライバーになればいいんだ!」
そう思った、そうひらめいた。

すぐにタクシー会社に面接に行き就職、二種免許を取得した。

taxi-driver

一番最初のお客さんを乗せた時は緊張のあまり、
乗車ボタン(運賃を計算するタクシーメーターのボタン)を押し忘れ、降車時に料金を告げようとした際にそれに気づく、というドジをやらかした。
幸い、近距離の常連のお客さんだったので「いつもの料金」を頂戴し、事なきを得た。

それとは逆に、お客さんが降車したあともメーターを入れっぱなし、というミスもある。
この場合、余分に走った料金はドライバーが自腹を切らなければならない。
遠距離のお客さんを乗せた際、行きのメーターは忘れずに押したにも関わらず、帰り(降車時)に降車ボタンを押し忘れる、ということはベテランドライバーでもたまにある。これはあまりの嬉しさで舞い上がるためである。
儲かるどころか、2万円超えの自腹を切る羽目になった気の毒な先輩ドライバーも居た。

タクシードライバーの仕事は楽しかった。やりがいもあった。
しかし生活をやっていけるだけの給料がなかった。

完全歩合制というのはたしか違法だと思うのだが、タクシー業はいまだ完全歩合制のところが結構多い。
ご多分にも漏れず、私が勤めた会社もまたそうであった。

タクシー乗務の合間に会社の事務、営業回りの仕事もやり、休日なく寝る暇なく働いて月10万円そこそこ。やっと食べていける収入だった。
そのうちに、これらの仕事に介護の仕事が加わった。
障害を抱えた児童、介護が必要な方の自立支援、居宅介護を行う事業を会社が始めた。私がその要員となり、業務で必要なヘルパー1級の資格も取った。
乗務のかたわら、外出支援、食事や入浴介助といったヘルパーの仕事をした。
それら全てを含め、タクシーの仕事は楽しかった。
やりがいがあった。

この仕事で生活していくには営業で顧客を増やし、自分で仕事をとっていくしかない。私はくまなく営業に回り顧客、仕事を増やした。

給料は入社当初は7~8万円だったのが倍ほどの金額になっていった。
生活は苦しかったが、この仕事を一生の仕事にしていこう、
そう思いながら働いていた。

ちなみに、乗務しているときは無線で配車される仕事より、「流し」(業界用語で街中を走って乗客を探す営業)の仕事が好きであった。