好き嫌い と 思い出

好き嫌い と 思い出

好き嫌い 、辞書によれば、好きなことと、嫌いなこと。また、えりごのみ。

(今回の記事中、文字色グリーン部分は過去記事「届かなかった梅味噌」、「父からの プレゼント」の回想になります。
これら記事は、まるでサスペンス劇場を見ているかのようであった父の死にまつわる出来事を綴ったノンフィクションストーリーで、カテゴリー「サスペンス」にまとめてあります。
カテゴリー「父 STORY」からご覧いただくと、「サスペンス」を含めたこれまでの経緯を全て知ることができます。)

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一昨日は朝から風も空気もとても冷たく、かなり寒かった。
そして、写真のように雪もちらついていた。
雪がちらつく景色の写真

かつて私は、雪がちらつく寒い時期、季節でいう「冬」が大嫌いであった。
もしかしたら祖先は南国人で、私はその遺伝子を受け継いでいるのではないか?と思えるほど、寒さに弱く、冬になると体を動かすことさえ嫌になり、コタツに潜り込んで過ごしていた。

冬が嫌いな理由は寒いというだけでなく、他にあった。
私は子どもの頃、極度のしもやけ症であった。
冬になると手は水ぶくれだらけになり、その水ぶくれが破れ、手はいつもぐじゃぐじゃだった。そのうえ、痒くて痒くて仕方がなかった。
学校の掃除当番で、バケツに入った冷たい水で雑巾を洗って絞るのがとても辛かった。そんな辛い冬の思い出があった。

しもやけ症はなくなったが、大人になっても相変らず寒さには弱く、冬はずっと私にとって「ありがたくない季節」、「嫌いな季節」であった。

だが、今は違う。
今の私は冬が大好きだ。
毎年冬が来るのを楽しみにしている。心待ちにしている。
そのわけは…

13年前の冬、春はもうすぐ目の前という時期に、父がこの世を去った。
危篤の父に会うため、すぐさま家を出発したが、急に降り出した雪に行く手を阻まれ、父の死に目には間に合わなかった。
この時はただでさえ嫌いな冬が、憎くて恨めしい、とまで思えた。

雪は降り続け、観測史上これまでにない積雪となった。
大雪で町は混乱し、この日葬儀場に居たのは私たち家族(妹達、まだ幼い私と妹の子供達)だけだった。
葬儀屋さんの許しを得て、葬儀場の駐車場で家族みんなで雪だるま作り、雪合戦、雪遊びをした。
小さい頃、父が働いている現場(山)で雪が積もると、同じように家族みんなで雪遊びをした。子どもの頃の楽しい思い出の再現だった。

雪は「お父さんのことをわすれないで。雪を見たらお父さんを思い出して。」という父からメッセージ、プレゼントのように思えた。

家族で雪遊びをしている昔の写真
(家族で雪遊びをしている昔の写真が見つかった。写真左の母は一体何をしているのだろう?笑。シャッターをきったのは父だ。)

あれから、雪を見ると父を思い出すようになった。
最初の方は、雪を見ると色々思い出し、少し辛かったりした。
けれど数年を経ると、冬がやってきて雪を見るのが楽しみになった。

雪がちらつくのを見ると、「お父さんがいつもそばにいる」と強く感じる。
「わすれないで。いつもそばにいるよ」、雪がそう語りかけてくれる。
外は寒いはずなのに何故だか暖かく、寒さがへっちゃらになった。

父は亡くなったあと、私の中にあった冬の思い出をあたらしいものに塗り替えてくれた。
寒さにこごえ、しもやけだらけの手で雑巾を絞っていた冬の思い出は、天から舞い落ちる雪と変わった。
ずっと苦手で大嫌いだった冬が、大好きになった。待ち遠しくなった。

これまで、好き嫌いの克服は少なからずとも、自分に無理強いをするものだと思っていた。我慢するものだと思っていた。
人生には好き嫌いと直面する場面、が往々にしてある。

大好きな人は納豆が大好き、自分は納豆が大嫌い。でも納豆のせいで別れるなんてぜったいに嫌っ!

どうしても進学したい学校の入試に、苦手で大嫌いな教科が含まれている。…

「どうしても嫌いだけど、少しでも好きにならなければ…」、こんな時、
必要以上に自分に無理を強いるのではなく、思い出を塗り替える、新たに思い出を紡いでいく。
さすれば、一生ものと思えていた好き嫌いでも一変することがあるやも。
今はそう思えている。

「どうしても嫌いなものを好きになる必要などないだろー!」と言われれば、身も蓋もないのだが、「好きこそ物の上手なれ」ということわざもあり、「好き」は多いにこしたことはないと思えるSunなのであった。

おまけ
=しもやけ予防の民間療法=
昔、ある明治生まれのおばあさんから「騙されたと思って一度やってみなさい」と言われ、試してみたところ、長年苦しんできたしもやけがその翌年以降、全く止んだ。その療法は、

用意するものは火鉢と炭と蕎麦粉。(蕎麦粉は私は近所のお蕎麦屋さんで少し分けてもらった。)
最近のお宅では火鉢がないことが多いと思うので、なにか代用する方法がないか探してみたらあった。👉NAVERまとめより、代用火鉢
火鉢に火を起こした炭を入れ、その炭の上に蕎麦粉をパラパラと撒く。
炭の上に落ちた蕎麦粉から煙がもうもうと上がってくるので、その煙の上で(とげぬき地蔵でお年寄りがやっているみたいに)手をもみもみして煙を手に染み込ませる。
たったこれだけで、私はしもやけ人生から解放されました!(まるでテレビショッピングのセリフ。)